よっしいブログ
「介護保険事業所は社会主義経済で戦っている」
と言われて、
ああ、そういう見方もあるんだと思った。
そういう見方になる理由の一つは、介護保険サービスを営業するには、国が定めた指定基準を守らねばならない事がある。
指定基準には、
①人員配置の基準(管理者・相談員・看護師などの配置と、要介護者に対する介護士の数が決められている)
②設備に関する基準(居室・食堂などの広さ、相談室・事務室・浴室・トイレ・消防設備など細々)
③運営規定に盛り込むべき基準(これだけは守りますよという確認事項が沢山ある)
の3つがあり、これら全てを守らねば指定を取り消され、介護保険サービスは行えない。
介護保険サービスを行いたいなら、国の基準クリアが絶対だ。
二つ目は、売り値に当たる介護報酬の値決めを厚労省が行う事。
医療の保険外診療のように、自分たちで値段を決めることはできない。
医療ならICTを駆使し効率アップして、1時間5名の診療を10名にする工夫はできるかもしれない。
だか、介護の場合、ヘルパーは1対1だし、他事業も定員が決められているので数でこなすことができない。
自由に値段を決められない、自由に顧客を増やせない、勝手に従業員の数を決められないの3拍子揃っては、資本主義で戦っていないと言われても仕方ないか。
もとより、儲けようと思って始めた事業ではない。
出逢ってしまった認知症の人と家族を、どうにか助けたいと思って始めた事業だ。
次々とチェーン化して事業を大きくして儲けようと思った訳ではない。
はなから、「今、ここ」をどうにかしたいと願った自分たちが、できる事をしてきただけだ。
ひとりひとりのご利用者と向き合っているうちに、
この町の高齢者が生きやすくなって欲しいと願っただけだ。
介護保険は、社会保障だから、医療と同じく全国どこでも同じ料金でサービスが提供されないといけない。
そんなことは分かって始めている。
それでも個々に対して、より良いサービスを目指してケアしている。
全国展開するような大規模事業所はスケールメリット(小さな利益でも数でこなせる)で安泰だから、国も大規模化を後押ししている。
大規模化が本当によいのか。
地域で暮らす高齢者が家から追い出される未来でいいのか。
ICTを駆使した画一的なケアでは、受け入れてもらえない人達が出てこないか。
人手が必要な認知症の人たちは、行き場所・生き場所がなくならないか。
介護保険事業が社会主義経済で戦っていようと、大規模化しか生き残る道はないと何度言われようと、
私たちは、大きな施設からこぼれ落ちてくる「どこにも受け入れてもらえない人」たちを受け止め続ける。
小さな施設にしかできない生き残りの道を模索し続ける。